連邦州別フルタイム勤労者の平均総所得 - 数字で見るドイツ
今日は以前の記事ドイツにおける移民の所得推移 - 数字で見るドイツ同様、ドイツを統計学や数字を通して見てみたいと思います。
今日のデータはこちら。
図1
出典: FAZ - Vergleich: So anders ist der Osten: Brutto-Monatseinkommen je Arbeitnehmer in Vollzeit (2013)
上の図1は旧東西ドイツを統計学的に比較するというFrankfurter Allgemeine Zeitung(以下、FAZ)の記事 Vergleich: So anders ist der Osten の一記事からの抜粋です。
全16ある連邦州がフルタイム勤労者の平均総所得(税金等徴収前の金額)別に色分けされています。
これを見てみると、旧東ドイツの5州(+東ベルリン)地域における総所得と旧西ドイツ側のそれとの間には顕著な開きがあることが見て取れると思います。
旧東ドイツに属した連邦州
- Mecklenburg-Vorpommern(メクレンブルク=フォアポンメルン州)
- Brandenburg(ブランデンブルク州)
- Sachsen-Anhalt(ザクセン=アンハルト州)
- Sachsen(ザクセン州)
- Thüringen(テューリンゲン州)
図2
出典: Deutsche Wiedervereinigung – Wikipedia
これらが旧東ドイツの5州+ベルリンの地図です。
ちなみに、多くの方が勘違いされていることですが、東西ドイツ分断時のベルリンは街自体が西と東に分かれていて、ベルリン自体は旧東ドイツ内に位置していたため西ベルリンは旧西ドイツの実質的な飛び地になっていたのです。
下の地図は旧東西ドイツ分断時の構成を表しています。
青い地域が旧西ドイツ、赤い地域が旧東ドイツを表しています。
図3
出典: Geschichte der Bundesrepublik Deutschland (bis 1990) – Wikipedia
この図3の地図を一番最初の図1 の総所得平均の地図と比較してみると、図1において薄緑色で表された総所得平均が「2699EUR以下」「2700~2999EUR」の地域と旧東ドイツの地域がほぼきれいに重なることが見て取れると思います。
さらに詳しく見てみると、旧東ドイツ5州およびベルリンの地域において月の総所得額が3000EURを超えているのは首都ベルリンだけだということもわかると思います。
しかしこれは当時、旧西ベルリンの地域では資本主義社会が構成されていた影響が大きいといえると思います。
先にも記したように、当時はベルリンという街自体が東西に分割されており西ベルリンでは資本主義経済に基づいた民主主義社会が形成されていたため、ベルリン全体で見た場合の平均総所得にもこれが影響していると考えられます。
また、連邦制で地方色が著しく濃いドイツにおいてもベルリンは現在もなおドイツ連邦共和国の首都として300万人以上の人口を有しており、ドイツの首都そしてドイツ最大都市としての機能が旧東ドイツ地域内においては別格的に影響しているとも考えられると思います。
図1を見てみると、旧東ドイツ地域と旧西ドイツ地域で総合的に見た平均総所得の比較も出ています。
これによると、2013年の一ヵ月の平均総所得は旧西ドイツ地域全体では3577EURであるのに対し、旧東ドイツ地域全体では2691EURと実に900EUR近い所得格差があることがわかると思います。
これらの所得格差には直接的には結びつきませんが、こうした旧東西ドイツ地域における格差をなくすための措置としてドイツ政府はドイツでの就労者全てにSolidaritätzuschlag(連帯付加税)なるものを課しており、現在では所得の5.5%がこの税金として源泉徴収されていきます。
これはドイツ国民のみならずドイツで就労する全ての人に課せられるので、当然外国人であろうが関係なく給与から天引きされていきます。
1990年10月3日の歴史的なドイツ統一の日から24年の歳月を経ち、かつての分断を知らない世代が今では成人となり、一見すると統一は完璧になされたかのように見える今日のドイツ。
しかし、旧東西ドイツ地域において経済的には今もなお大きな差があることは忘れてはいけません。
ドイツで就労している人は皆、今日もなお税金を通じてドイツ統一に寄与しているのですから。
ちなみに、ドイツで一番平均総所得が高いのはハンブルクの3886EUR/月だそうですね。
これは初めてしりました。面白いですね。
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